PayPay決済・LINE認証・AWS・独自バックエンドまで作り込んだが、実際にヨガを開催できたのは3回だった。顧客は友人が中心で、需要を確かめたことにはならなかった。講師と会場の差分で稼ぐ構造は薄く、手ぶら参加を売りにマットを用意したことでさらに薄くなった。撤退の決め手は数字ではなく「そもそも自分はヨガをやりたかったのか」という問いだった。作る量が、確かめる量を追い越していた。
- 決済・認証・インフラを揃えたが、実際の開催は3回。作った量と確かめた量が釣り合っていなかった。
- 顧客は友人が中心。来てくれたのは事実だが、需要の証明にはならない。
- 「手ぶら参加」を売りにマットを用意したため、差分で稼ぐ構造がさらに薄くなった。
- 台湾とシリコンバレーまで話を聞きに行った。行動量はあったが、聞いたのは作り始めた後だった。
- Understand → Design → Build という順序は、逆をやって失敗した経験から来ている。
はじめに断っておくと、この記事はうまくいった事例ではありません。事業としては続かず、チームは解散しました。それでも書くのは、失敗の理由が特殊ではなかったからです。順番を間違えただけで、その間違え方は、たぶん多くの人と同じです。
01何を作ったか ― 決済も認証もインフラも
作ろうとしていたのは、動きたくても動けない人の意思決定を支援するサービスでした。体を動かしたほうがいいと分かっている。でも、何を、どこで、誰と始めればいいのかが決められない。その最初の一歩を設計する、という発想です。最初の接点として選んだのがヨガでした。
作ったものを並べます。PayPayでの決済、LINEでの認証、AWS上のインフラ。バックエンドは同期のエンジニアを巻き込んで、かなり凝った作りにしました。当時はいまほどAIが発達していなかったので、フロントエンドは「GitHubとは何か」というところから始めて、npm run dev を覚えながら自分で書きました。
技術的には、たしかに前に進んでいました。決済がつながる。認証が通る。画面が出る。毎日、進んだ実感がありました。いま振り返ると、この実感こそが問題でした。
02実際に開催できたのは、3回だった
ヨガの開催回数は、3回です。決済も認証もインフラも用意した事業の、実績がこれです。
講師はInstagramで探しました。IPキャラクターをフックにした集客が当たり、講師側は集まりました。問題は参加者のほうです。集めた顧客は、友人が中心でした。
友人が来てくれること自体は、ありがたい話です。ただ、事業の検証としては成立していませんでした。友人が来た理由には、サービスへの需要と、自分への好意が混ざっています。この2つは、参加者数を数えても分離できません。分離するには、自分を知らない人が、自分の財布で申し込むかどうかを見る必要がありました。
私たちはそれを確かめないまま、決済の仕組みを作っていました。払う人がいるかを確かめる前に、払う手段を用意していたということです。
03薄利になることは、始める前に計算できた
収益は差分で稼ぐ構造にしていました。講師と会場を手配し、参加費との差額を残す。よくある形です。
ここに「手ぶらで参加できる」というコンセプトを乗せました。動けない人の一歩を軽くするための設計で、考え方としては悪くなかったと思っています。ただ実務としては、ヨガマットをこちら側で用意するということです。原価が増えます。
1回あたりに手元に残る額は、始める前に紙の上で出せました。講師への支払い、会場、マット、決済手数料。参加費を置けば、残る額は決まります。計算しなかったのではありません。作ることに時間を使っていて、計算する順番が後ろに回っていただけです。
薄利だと分かったのは、動かし始めてからでした。順番が逆であれば、コンセプトを変えるか、価格を変えるか、そもそもこの形をやらないかを、開発に入る前に選べたはずです。
04声は聞いていた。ただし、作り始めた後に
誤解のないように書いておくと、外に出なかったわけではありません。むしろ、かなり動いたほうだと思います。
- 起業家や先輩に、繰り返し壁打ちをしてもらった
- 世界の反応も知りたくて、台湾に行った
- シリコンバレーまで一人で渡り、Googleにも話を聞きに行った
- リュックひとつで、街で7人に声をかけた。泊まっていたドミトリーホテルの受付にもピッチをした
- LinkedInで約80人のVCにメッセージを送り、反応があったインドのVCに会った
行動量が足りなかったとは思っていません。足りなかったのは順序です。これらはすべて、作り始めた後の行動でした。
作った後に聞くと、質問が「これはどうですか」になります。作る前に聞いていれば、「あなたは何に困っていますか」から始められました。前者では、相手は目の前のものへの感想を返してくれます。後者でしか、作るべきものは決まりません。
もうひとつ、作った後に聞くことには副作用があります。作ったものが、判断を縛ることです。ここまで作ったのだから、という気持ちが、方向転換のたびに重りになります。聞いた話を素直に受け取れなくなる。これは自分では気づきにくい変化でした。
05やめた決め手は、数字ではなかった
撤退の理由を、順番に並べるとこうなります。
- 差分で稼ぐ構造が、結果的に薄利だった
- 作り込みが先行し、確かめる作業が追いついていなかった
- そもそも、自分はヨガがやりたかったのか
やり切れずに解散しました。決め手になったのは、いちばん最後の問いです。
薄利であること自体は、価格や形を変えれば解ける問題です。作り込みが先行したことも、次から順序を変えれば済みます。ですが3つ目は、どちらも当てはまりませんでした。自分が何をやりたいのかを、理解していなかった。
顧客を理解していないまま作ると、要らないものができます。それと同じ構造で、自分を理解していないまま始めると、続けられない事業ができます。私は後者でした。数字が悪かったから畳んだのではなく、悪い数字を前にして、それでも続ける理由が自分の中に見つからなかったのです。
06いま、作る前に確かめていること
失敗の話だけで終わると、読んだ人が明日から何もできません。ここまでの4つのつまずきから、そのまま裏返しただけの確認事項を書いておきます。特別な方法ではなく、当時やらなかったことです。
- 自分を知らない人が、自分の財布で払うか。友人や取引先が「いいですね」と言うのは、需要ではなく好意です。この2つは人数を数えても分離できません。分離できる形で1件確かめるまでは、作りません。
- 1回あたりに残る額を、紙の上で先に出す。原価と手数料と単価を並べれば、残る額は計算できます。所要時間は数十分です。動かしてから薄利に気づくのは、順番の問題でしかありません。
- 聞くのは、作る前に。作った後に聞くと、質問が「これはどうですか」になります。作る前なら「何に困っていますか」から始められます。前者では感想しか返ってきません。
- コンセプトが原価に何をするかを見る。「手ぶら参加」のように、体験を良くする工夫はたいてい原価を増やします。良い設計かどうかは、原価に乗せてから判断します。
- 自分がなぜやりたいのかを、言葉にできるか。説明できないものは、数字が悪くなった時点で続きません。事業の話に見えて、ここがいちばん先に確かめるべきことでした。
御院に置き換えるなら、新しいシステムやメニューを入れる前に同じ確認ができます。誰が、自分の財布で、それを選ぶのか。1件あたりに何が残るのか。この2つに答えられないまま導入が決まっている場面を、現場ではよく見ます。
—まとめ ― 理解が終わる前に作らない
いま私たちは、Understand(理解する)→ Design(設計する)→ Build(必要なときだけ作る)という順序を仕事の原則にしています。ご相談をいただいたときに、まず作る話をしないのは、このためです。
この順序は、きれいな方法論として思いついたものではありません。逆をやって、事業を一つ畳んだ結果として残ったものです。だから、確かめる前に作りたくなる気持ちも、作ったものに引きずられる感覚も、外から見て言っているわけではありません。
もしいま、何かを作ろうとしていて、まだ確かめていないことがあるなら——それが何かを一緒に洗い出すところからで構いません。
なぜプロダクトを先に作ってしまったのですか?
顧客が友人中心だと、なぜ需要の検証にならないのですか?
薄利になることは、事前に分からなかったのですか?
この経験は、いまの仕事にどう効いていますか?
※ 本稿の数字(開催3回、声をかけた7人、VCへの連絡およそ80人)は、当時の記録と記憶にもとづく自社の実数です。第三者による検証は受けていません。サービス名および関係者名は、本人の了解を取っていないため記載していません。
執筆:山本翔太(バイタリティデザイン合同会社 代表)建物の通信・ネットワーク・防犯設備をつくる、職人が動く現場を持つ事業会社に在籍しています。手順が飛ばされる理由や、あとから検証できなくなる工程がどこかを、管理する側ではなく動く側から見てきました。自由診療・美容医療については、自ら複数の施術を受けた当事者でもあります。カウンセリングで何を聞かれ、どこで迷い、何に警戒するかを、患者の側から知っています。男性ウェルネスブランド〈His Recoveries〉を運営。
私たちの失敗は、これで分かります。ただ、御院がいま何を確かめないまま進もうとしているかは、現場を見ないと分かりません。
作る前に、確かめられていますか。
新しい仕組みやメニューを入れる前に、何が確かめられていて、何が確かめられていないか——御院の現状を、継続診断で1枚に整理してお返しします。
伺った内容をもとに、確かめないまま進んでいる箇所がどこかの見立てを1枚にしてお返しします。無償です。売り込みはしません。