Insights / 論考

値上げは「額」より「設計」で決まる ―
自由診療の価格改定の実務

人件費、材料費、家賃——コストは上がり続けているのに、価格表は開業時のまま。据え置きは中立ではなく、毎月の静かな損失です。それでも踏み切れないのは、値上げ=失客というイメージがあるから。この記事では、値上げを「設計」として分解します。

山本翔太 Vitality Design LLC 代表 生活者理解の現場〈His Recoveries〉を自ら運営 読了 約8分
結論

自由診療の値上げは、全メニュー一律ではなく、どのメニューを・いつ・誰に・どう伝えるかの設計で結果が変わります。原価率と予約の埋まり具合は自院で確認できますが、どのメニューをどこまで上げられるかは、客層・競合環境・提供価値の実態を見ないと決められません。既存客への告知は「お願い」ではなく、価値の言語化とセットで行うのが要点です。

この記事の要点
  • 価格の据え置きは「現状維持」ではありません。コストが上がるなか、利益が毎月静かに削られている状態です。
  • 値上げの失敗の多くは「額」ではなく、選び方と伝え方の設計不足から起きます。
  • 上げる候補は、原価率が悪化したメニューと、予約が埋まり続けているメニューから。全メニュー一律は避けます。
  • 既存客には、予告・理由・移行措置の3点セット。値上げの告知は価値の言語化とセットで行います。
  • 「旧価格→新価格」の見せ方には景品表示法(二重価格表示)の論点があり、表示の仕方には注意が必要です。

値上げの相談は、切り出されるまでが長い。多くの経営者が、原価の上昇を数年にわたって自分の利益で吸収してから、ようやく口にします。「上げたいんですが、患者さんが離れるのが怖くて」。

その怖さの正体は、たいてい「値上げ=一律で・突然・お願いする」というイメージです。実際の値上げはそうではありません。どのメニューを、いつ、誰に、どう伝えるか——変数を分解すれば、設計できる意思決定になります。

01据え置きのコストを、先に直視する

値上げの検討は、「上げるとどうなるか」の前に「上げないとどうなっているか」を数字にするところからです。これは御院で確認できます。

とくに最後の項目は重要です。枠が埋まっているのに利益が薄いのは、需要に対して価格が低すぎるサインだと考えています。この状態での据え置きは、謙虚さではなく、単に価値の取りこぼしです。

02どのメニューから上げるか ― 一律を避ける

「全メニュー10%アップ」のような一律改定は、いちばん設計の余地を捨てるやり方です。患者ごと・メニューごとに価格への感度は違うのに、一律はその差を無視します。

メニューの状態値上げの考え方
予約が埋まり続けている看板メニュー第一候補。需要が価格を支えている。枠の価値に価格を合わせる
原価率が大きく悪化したメニュー改定の必然性が説明しやすい。理由とセットで伝えやすい
新規の入口になっている低価格メニュー慎重に。集患の入口を細らせるリスクと天秤にかける
ほとんど出ていないメニュー値上げより整理(廃止・統合)を検討。メニュー設計の問題

あわせて、値上げと同時に価値の見せ方を更新すること。施術時間・使用する材料・アフターフォローなど、いま提供している価値が価格表に表現されていないなら、値上げはそれを言語化する機会でもあります。

原則はここまでです。御院のどのメニューにどれだけ余地があるかは、数字を見ないと言えません。 お話を聞かせてください

03既存客への伝え方 ― 予告・理由・移行措置

値上げで失客が起きるとき、原因の多くは額そのものではなく、伝わり方です。来院したら黙って価格が変わっていた——これがいちばん信頼を削ります。骨格は3点セットです。

① 予告

改定の1〜2か月前には告知を始めます。院内掲示・LINE・会計時の口頭など、既存客が「知らなかった」にならない経路で。直前告知は「駆け込みで詰め込む」印象を与えかねません。

② 理由

材料・人件費の上昇、品質維持のため——事実を簡潔に。過剰な謝罪も、長い言い訳も要りません。誠実に短く。値引き交渉の余地がある印象を残さないことも大切です。

③ 移行措置

改定前の予約分は旧価格を適用する、回数券・コース契約中の扱いを明示する、など。既存の約束を守る姿勢が、改定への納得をつくります。

ひとつ注意点があります。告知や価格表で「旧価格からいくら値上げ」といった新旧の並記をする場合、見せ方によっては景品表示法の二重価格表示の論点に触れることがあります。とくに「今なら旧価格」を販促として強調する使い方は慎重に。表示の可否は個別の判断になるため、迷う場合は専門家に確認してください。

04「いくらまで上げられるか」は、外からは決められない

ここまでで、値上げの手順は描けます。ただし、いちばん重要な変数——どのメニューを、いくらまで上げられるか——は、この記事では決められません。

同じ施術でも、上げ幅の耐性は院ごとにまるで違うからです。

これらは、予約データと現場の会話を見て初めて判断できます。数字の根拠なく「思い切って上げましょう」と言う助言も、「値上げは危険です」と止める助言も、どちらも無責任です。耐性の見立てが先、額の決定はその後。この順番だけは、どの院でも変わりません。

まとめ

結論価格据え置きは静かな利益の流出。値上げは「額」でなく設計——上げるメニューの選定(一律を避ける)、既存客への予告・理由・移行措置、価値の見せ方の同時更新。ただし、いくらまで上げられるかは客層・競合・接客の実態に依存し、現場を見ないと決められない。

コストが上がり続けるなかでの据え置きは、経営判断ではなく判断の先送りです。値上げを「お願い」と捉えると怖くなりますが、「どのメニューを・いつ・誰に・どう伝えるか」に分解すれば、設計できる意思決定になります。

手順はこの記事の通りです。ただし上げ幅の耐性——患者が何で御院を選んでいるか——だけは、外から数字だけでは見立てられません。そこを見誤った値上げが、失客の物語をつくります。耐性の見立てが先、額はその後です。

FAQ
値上げすると、どれくらい患者が離れますか?
一般論として断定できる数字はありません。離脱率は、患者が価格で選んでいるか信頼で選んでいるか、告知の設計、移行措置の有無に大きく左右されます。だからこそ、額の前に自院の「選ばれ方」の見立てが必要です。
新規向けの価格と既存客の価格を分けてもいいですか?
設計としてはあり得ますが、既存客が「新規優遇」を知ったときの信頼への影響と、表示の仕方(景品表示法の観点)の両面から慎重な検討が要ります。個別の可否は専門家への確認をおすすめします。
回数券・コース契約の途中で値上げする場合は?
契約済みの内容は旧条件を守るのが原則的な考え方です。既存の約束の扱いを明示することが、値上げ全体への納得を左右します。契約条件の変更を伴う場合は法的な確認も必要です。
値上げの告知文面だけ相談できますか?
文面はご一緒に作れますが、その前に「どのメニューを・いくらまで」の見立てが要ります。継続診断で、御院の予約の埋まり方と選ばれ方を拝見し、価格改定の設計案を1枚にしてお渡しします。

執筆:山本翔太(バイタリティデザイン合同会社 代表)建物の通信・ネットワーク・防犯設備をつくる、職人が動く現場を持つ事業会社に在籍しています。手順が飛ばされる理由や、あとから検証できなくなる工程がどこかを、管理する側ではなく動く側から見てきました。自由診療・美容医療については、自ら複数の施術を受けた当事者でもあります。カウンセリングで何を聞かれ、どこで迷い、何に警戒するかを、患者の側から知っています。男性ウェルネスブランド〈His Recoveries〉を運営。

値上げの手順は、これで分かります。ただ、御院のどのメニューを、いくらまで上げられるかは、客層と現場を見ないと決められません。

御院の価格は、上げられるか。

予約の埋まり方・選ばれ方・接客の実態から、どのメニューをどう見直せるか——継続診断で見立てて、価格改定の設計案を1枚にまとめてお渡しします。

伺った内容をもとに、価格と利益のどこに余地があるかの見立てを1枚にしてお返しします。無償です。売り込みはしません。